畏敬と感謝*動物を儀式の対象に
自然に対する「感謝」と「畏敬(いけい)」は、縄文世界観の中核をなす概念である。
狩猟社会にあっては、自然との共存を旨とするが、自然は生きる糧であるから、その命を奪わなければならない。しかし、それは恐ろしいことであり、それに許しを請うためには「畏敬」の念を持ち、礼節を尽くし、自然の霊に「感謝」をささげるしかなかったのである。この矛盾律を払拭(ふっしょく)するのが、何を隠そう儀式や呪術(じゅじゅつ)だったのだろう。
縄文人が特に畏敬の念を持って儀式や呪術の対象とした動物には、それなりに気持ちを表現した節がある。その動物の骨や牙を加工して身につけたり、土器や道具のデザインに取り込んだりしたのだ。
こう考えることで、もっとも畏敬すべき存在として浮かび上がってくるのが、イノシシ、ヘビ(マムシ)そしてサメなのである。意外なことにクマやオオカミ、クジラなど、現代の私たちが恐ろしいと思う動物がリストに上らない。
*不可解な点も
さらに不可解なことがある。イノシシもマムシもサメも、それらは本州に生息する動物であり、北海道にはいないことだ。つまり、北海道の縄文人は、棲(す)んでもいない動物を儀式や呪術の対象にしていたことになる。しかし、考えようによっては、縄文人が、いかに世界観を共有するために大きなエネルギーを使っていたかが見えてくる。
そもそも、北海道では、縄文時代の初めから、希少財に対する価値観を本州の縄文社会と共有していた。翡翠(ひすい)がそうであるし、南海産の貝の腕輪もそうだ。特に洞爺湖町の入江貝塚から出たイノシシの犬歯の加工品は私たちを驚かせた。
人の歯列がデザインされていたのである。わずかに残るベンガラ顔料は、かつては歯茎をイメージできるほどに真っ赤に塗られていたのだろう。こんな見事な製品は本州にもない。イノシシがいかに儀式に欠かせない存在であったかは、焼いた指の骨を撒(ま)くという儀礼が行われた形跡からもうかがえる。
*価値観を共有
一方、サメも早くから北海道にもたらされた。釧路管内弟子屈町の七千年前の縄文早期のお墓からは、サメの歯がヘアバンドに縫い込んだような状態で見つかった。もちろん、ホウジロやアオザメなど、いわゆる本州に生息するジョーズの類の歯だ。
マムシも今でこそ北海道に珍しくないが、縄文時代には皆無だったろう。それらは、骨などで残されているわけではないので、存在を証明するのは難しい。しかし、本州の土器の粘土ヒモを張り付けた模様がマムシであるとわかることから、北海道の土器にデザインされた張り付け模様もマムシとみるべきだろう。
北海道縄文人の本音としては、イノシシやサメはどうでもいいのであって、本当はヒグマやシマフクロウの方がもっと畏敬すべき存在だったはずだ。しかし現実には、そうした地域の思惑の入る余地もないほどに、縄文社会全体を大きな儀礼体系が包み込み、日本列島の隅々にまで縄文アイデンティティーが確立されていたのだろう。
縄文時代が一万年もの間続いたのは、言うまでもなくこうしたアイデンティティーによって結ばれていたからにほかならない。







