大島直行・伊達市噴火湾文化研究所長
土器の世界観*生命「再生」への願い
戦後の考古学の大事件と言えば、わが国最初の旧石器が群馬県岩宿遺跡で発見されたことがまず第一に挙げられる。納豆行商の道すがら見つけた相沢忠洋の快挙だった。
それ以後、多くの考古学者がさらに古い石器を求めて発掘を重ね、次々に記録が更新された。しかし、結局はそのほとんどがあの「捏造(ねつぞう)石器」だったわけで、実にむなしい年月だった。
*年代測定の登場
さて、もう一つ大事件を挙げるとすれば、それは科学的な年代測定の登場によって縄文土器が世界最古とわかったことだろう。一九五九年のことだ。この測定法を発見した米国人科学者リビーは、これによりノーベル賞をもらった。それほどすごい研究だった。
それまで英人医師ジョン・ミルンによって考えられた三千年説が、この年代測定によって一気に九千年代にまで跳ね上がったのだ。
ところで、縄文土器の研究は年代測定だけではない。世界的にみても、縄文土器は深鍋形でとにかく派手な模様が付けられる点において特異な存在であり、近年は、なぜこのような土器が作られたのか、その意味を探る研究が盛んだ。そして、ここでも大きな声で持論を展開しているのが、国学院大の小林達雄である。
小林は、縄文土器の模様は単なる装飾にとどまらないと。土器は彼らの世界観を表現した、いわばキャンバスであると語気を強める。同じような立場から、名古屋大学の渡辺誠は深鍋の謎に迫る。それは女性をデザインしたものだと意表を突いた説でわれわれをうならせた。
つまり、土器の縁は規則的な単位で波打っていて、時には突起と呼べる位に大型化し、そこに女性の顔を表現したものもあるからだ。土器の途中がくびれるのも縄文の特徴だが、それは女性の体を象徴しているらしい。実に卓見である。
山梨県津金御所前遺跡の口縁には、あの国宝土偶「縄文ビーナス」(長野県棚畑遺跡)とうり二つの顔が付けられ、足と思われる所には何と赤ちゃんの顔が描かれている。要するに出産のシーンを表現しているのだ。
なるほど縄文土器は鍋でもあるが、それよりも彼らがこの土の造形に込めたのは、生命の「再生」に対する強い願いだったのかもしれないと、妙に納得させられる。
*本質解明難しく
考えてみると、こうした縄文土器の形や、「その根底にある世界観」を最初にひもといたのは岡本太郎かもしれない。私が考古学を学ぶはるか昔の話だ。小林、渡辺両教授がこのことを言い出す、ずっと前でもある。
「あの複雑で怪奇な縄文式模様が現代の“芸術のための芸術”のように、たんに美学的意識によって作りあげられたのではない…それは強烈に宗教的、呪術(じゅじゅつ)的意味を帯びており…」と、縄文土器の本質を鋭くくじった。
とかく考古学者は、用途や機能から物をみる。しかし岡本が言うように、そこからこの恐ろしく宗教的で、呪術的な縄文土器の本質を見抜くことは無理なのかもしれない。私たちは、もっとこうした賢人の声に耳を傾けるべきだろう。







