大島直行・伊達市噴火湾文化研究所長
第2の道具*新たな命 土偶に願う
考古学者の小林達雄は、縄文人の信念や世界観を物語る「第二の道具」という考えを編み出した。その形を見ただけでは、用途のさっぱりわからない道具のことで、石棒や土偶がその代表である。
例えばヤジリで飛ぶ鳥を落とすためには、道具の性能や狩人の技術だけでは如何(いかん)ともし難い場合があり、時として神様にお願いすることがある。それが祈りや信念、呪術(じゅじゅつ)であり、その際に使われる道具が第二の道具というわけだ。
第二の道具のチャンピオンともいえるのが土偶である。縄文文化の象徴的存在だ。縄文文化の始まりとともに出現し、その終わりとともに姿を消した。分布は全国に及ぶが、岩手県が約二千二百点で断トツに多く、山梨県と長野県がこれに次ぐ。総じて東日本に多く西に行くほど数が減る。このことは、縄文文化の濃淡とも符合するからおもしろい。
*基本的には女性
土偶の大きな特徴は何といってもその容姿にある。大きな乳房とお尻は、女性を表現したものであることを疑わせない。ただし、すべての土偶がそうかというと、そうでもない。顔も乳房もお尻も曖昧(あいまい)に表現され、性別の判定の難しいものも少なくないからだ。
小林達雄は、もともと土偶は「精霊」を形にしたものだから性別はないのだと言う。そうかもしれないが、私はそうは思わない。曖昧なものも含め、基本的には女性を表現したとみる。
明らかに男性を表現した土偶がないこともない。ただし、全国の土偶の出土数約一万五千点に対し、たったの数例にすぎない。男性と分かるのは男性器が付いているからだ。
国宝に指定された土偶が二点ある。いずれも見事な造形だ。一つは長野県棚畑遺跡。「ビーナス」と呼ばれるだけに、誰もが女性と認める。大きなおなかが妊娠を思わせる。
もう一点は、昨年七月の洞爺湖サミットの際、会場に飾られた函館市(旧南茅部)の「中空土偶」。男だと言う学者もいるが、私は女性説をとる。顎(あご)に描かれた刺突はヒゲではなく入れ墨と考えるからだ。
要するに、土偶の意味するところは、限りなく女性に関係していると言うことである。
近年、出土例が増えている土偶に、出産の姿勢をリアルに現したものがある。まさに、土偶と女性の関係を表現してあまりある資料といえよう。では、なぜ女性が土偶として表現されたのだろうか?
民族学者の佐々木高明は、「死と再生」という考え方で、土偶と女性のかかわりを見事に整理した。つまり、母なる女性は常に新しい生命を生み出す源であるからだと言う。
*壊されるために
実は、土偶はほとんどの場合、腕や足や頭が欠けた状態で見つかる。よく調べてみると、わざとに壊されていることがわかる。おそらく新たな生命が誕生するために、母なる女神の命を絶ったのであろう。
あのあどけない表情で微笑みかけるビーナス像も、現実には何とも壮絶なる「死と再生」の縄文儀式のために作られていたのである。しかも壊されるために。縄文の世界は奥が深い。







