11月28日、北の縄文文化を発信する会の総会「北の縄文の集い」が開催されました。以下ご報告です。
アイヌの民族楽器ムックリが、霧の彼方から現われるように次第に振幅を大きくし、大地と共鳴、交感する。(演奏:リムセ良伊(よしい)さん)
アボリジニの楽器ディジュリドゥは、深い森の呼吸、海を渡る風、あるいは空から降りてくる神々の声を伝え、共に「風の楽器」とも言えるムックリと重なり、響き合う。(演奏:杉中久夫さん)
南米の楽器レインスティックは、光るせせらぎや降り注ぐ雨の情景を映し出す。(演奏:ゆう呼咲亜弥(こさ あや)さん)
「北の縄文の集い」は、民族楽器のコラボレーションで幕を開けました。 縄文時代、この北の島にどんな音楽が流れていたのかを知る術はありませんが、縄文の精神を受け継いでくれたアイヌ民族や物質文明に染まる以前の文化を継承している世界の先住民族の楽器には、どこか縄文と通じるものがあるのではないか、そういう音楽の中から「縄文」を頭だけでなく体や心で感じることができれば、との思いでの企画でした。
このコラボレーションは、9月、恵庭市の「えこりん村」でのアイヌ詞曲舞踊団MOSHIRIのコンサートでも行われました。その日の恵庭は雨模様でしたが、演奏が始まる頃にはちょうど野外ステージの上空だけがぽっかりと晴れたのです。ムックリとディジュリドゥの響きが風となって広がり、空行く雲の流れとシンクロしているような光景はとても感動的であり、いま神々に守られている、という感覚が湧き起こりました。
北海道の縄文遺跡から楽器と断定できる遺物は発見されていないそうです。しかし、素人考えながら、縄文の人々は間違いなく何らかの音楽を共有していた、と思います。ストーンサークルは太陽の動きを知り、神聖なる太陽を崇めるための何らかのイベントが行われる場であったと考えられます。冬至に最も光が弱まった太陽も再びその力を盛り返し、季節はめぐり、命をつなぐ恵みをもたらしてくれる。サークルはその循環の輪を表すのではないでしょうか。
自然の恵みへの感謝、生かされていることの喜びは「祭り」となって表現されたことでしょう。人間には何らかの形でそうしたエネルギーを昇華せずにはおけない「業」のようなものがあるように思います。人々が円くなってエネルギーを発散する時、そこに歌がなく踊りもないということがあるでしょうか。さらにそこには、様々な「楽器」の生み出す音の重なり合いが在った、と考える方が自然ではないでしょうか。
手を叩くことはもとより、棒を持って空洞のある木を叩いたり、石と石をぶつければいろいろな音がリズムを刻みます。空き瓶のような形のものに息を吹き込めば音が出るということは当然学習していたはずです。狩猟のための弓があれば弦楽器になりますし、既にムックリがあり、太鼓だってあったのかもしれません。
民族楽器によるコラボレーションは、そんな始原的な音楽を思い起こしてくれます。その響きは過剰な音に囲まれた私たちの中に、自然と共に生きた時代の精神を意識の底から呼び覚ましてくれたようにも思えます。
このたびのオープニング・パフォーマンスは、心を打つ素晴らしい演奏とともに、弟子屈町から駆けつけてくださったアイヌ詞曲舞踊団MOSHIRIのリーダー・アト゜イさん(アトゥイ=アイヌ語で「海」)による音響づくりがあって実現したものです。演奏前、そのアト゜イさんから聴いた言葉が強く心に残っています。
「音楽は“祈り”なんだ。」
[北海道知事室 荒川裕生(発信する会・幹事)]





