北の縄文講座

縄文へのいざない(1)

大島直行・伊達市噴火湾文化研究所長

*時代・地域・ひと*3つの文化 日本の基層  

縄文文化が日本列島に興ったのは今から一万二千年前のこと。それから間もなく、縄文文化は日本列島のすみずみにまで広がった。
北はもちろん北海道で、北方四島の択捉島からも縄文土器が見つかっている。今のところサハリンには縄文人の気配がないが、どうやらその南に浮かぶモネロン島からは縄文土器が出ているらしい。南は沖縄本島までで、八重山諸島には縄文の痕跡はない。西は対馬、東は八丈島までだ。
日本列島の文化を考えるとき、多くの人はこの文化の基盤になったのは弥生文化だと考える。日本の文化の大きな特質が稲作農耕にあると考えるからだ。それは一面では正しいかもしれない。しかし、弥生文化が日本文化の基盤をなしているとするなら、北海道や沖縄のように弥生文化の根付かなかった地域はどうなるのだろう。

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1.縄文を極めた人たち

大島直行・伊達市噴火湾文化研究所長

縄文遺跡が「世界文化遺産」として登録される。そんな夢物語のような話が現実味を帯びてきた。ただし正直なところ戸惑っている。というのも、長く縄文を研究してきた私自身がここへきて、この文化の価値をちゃんと人に伝えられるだろうかと不安に思っているからだ。

縄文研究者には二通りあって、ひとつは「もの」そのものに興味を抱く人。例えば縄文土器は鍋であり、何を煮炊きしたかを問題にする人だ。それに対し、「もの」そのものではなく、ものを作り上げた「人」に興味を抱く人もいる。土器の形や文様に込められた作り手の「こころ」に思いを抱く人だ。私は後者だ。ただし少数派である。

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