対談・北の縄文
藤宮峯子さんと大島直行さん、お二人の対談を5回に分けて連載いたします。
第1回「糖尿病、メタボについて」はこ ちら
第2回「高血圧について」はこちら
第3回「ガンについて」はこちら
第4回「ストレスについて」はこちら
ジェラシーの制御について
(大島)
地球環境問題をはじめ現代社会が抱える様々な問題は、人間の欲望を解放してしまったことに大きな原因があり、その根底には「ジェラシー」があると考えています。
例えば、縄文時代の「ジェラシー」を考える上で参考になるのは、アフリカなどの現代の狩猟社会です。彼らの社会でもっとも重要な問題の一つが、いかに嫉妬心を解消するかということだそうです。嫉妬心は、集団の和を乱す大きな原因となるからですが、実は、問題はそれだけに止まりません。単に個人レベルの恋愛の問題だけでもありません。
彼らがもっとも恐れているのは、狩猟に際して、人より大きな、またたくさんの動物を捕ったりしたことに嫉妬して、さらに必要もない多くの動物を捕ってしまう危険性をはらんでいるということです。ですから、彼らは、そうした嫉妬心を抑制するための文化装置をいろいろ考え出しているということです。
1万年以上続いた縄文文化にも、おそらく、こうしたジェラシー、嫉妬心をコントロールするための何かがあったのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
(藤宮)
縄文人にも身体的、能力的な違いがあり、人に対する嫉妬心もあったのではないかと思います。現代でも縄文時代でも人間の精神構造は同じであり、今も昔もジェラシーはなくならないと思います。
ただし、縄文時代には我々の存在を超越した「絶対者」が存在しました。この絶対者の下にこの世の摂理があり、その中で自分も他者も生きている、生かされていると考えることで、ジェラシーも緩和されたのではないでしょうか。
自分と他人が直接的にかかわる所にジェラシーが生まれるとすると、「絶対者」の下で自分も他人も同等に生かされていると考えれば、お互いにいがみ合う必要など無くなるのではないかと考えます。
北海道、縄文へのメッセージ
(大島)
現代の日本人は、縄文人タイプと弥生人タイプに分かれると言われ、私は「縄文顔」です。藤宮先生は典型的な「弥生人」のようですが、先生から北海道、縄文に対してメッセージをお願いします。
(藤宮)
私は奈良県の葛城山の麓に生まれまして、今もこのように関西弁をしゃべっています。1年半前に札幌医科大学に赴任してきましたが、北海道の人が本当に親切で優しいことに驚きを覚え、北海道が大好きになりました。これはかつて留学したカナダも同じで、自然環境が厳しいということも共通しています。自然環境が厳しい方が人間は優しくなるのかも知れません。
縄文人も弥生人も特性は遺伝子に刻まれていて、それ以降の時代でも、奈良時代は「外向きでおおらか」、平安時代は「内向き」といった時代の特徴があるのではないかと思います。一方、縄文とアイヌの人々は、先ほど述べた「絶対者」に対する「外向き」の姿勢があると思います。
私は、そういう特性を持つ縄文文化を世界遺産へ、という活動を行っておられる「北の縄文文化を発信する会」が、今後必要とされる「我々日本人の生き方」をも提唱していく会であっていただきたいと期待しています。