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北海道・自然のなりたち

北海道・自然のなりたち

図書名:北海道・自然のなりたち

著者:石城謙吉・福田正己編著

出版社:北海道大学図書刊行会

発行:1994年11月

定価:1800円+税

われわれ人間の平均約80年の一生も、大地が刻む悠久の歴史の前にはほんの一瞬のようなもの。そう考える時、寄せては返す波打ち際、深い森、遠くの山並みは何万年も前からそこにあり、何万年先、たとえ人類が姿を消したとしても「変わらぬもの」と思いがちである。しかし、いわゆる「北の大地・北海道」は地球の歴史の中で大きく変貌し、その痕跡ははっきりと大地に刻まれている。

地球史の中の北海道にとってもっともダイナミックな出来事は、プレートの移動によって東西二つの島が約4千万年前に衝突を始め、約1500万年前には日高山脈がつくられたことだろう。東側の島が西側の島にぶつかったため、夕張などの石炭層を含む地層が立ち上がるように褶曲している。

こうしたプレートの活動によって北海道は火山の島となっている。その名の由来となっている駒ケ岳も1640年の噴火が今の姿を作り出したのであって、鷲ノ木のストーンサークルから縄文の人々が仰いだ駒ケ岳は、本書に掲載された写真のような富士山型の山だったはずである。

駒ヶ岳

海に着目すると、氷河時代を通じて海進と海退を繰り返したが、21万~14万年前のリス氷期には日本海は巨大な湖になっていたとされる。また、7~1万年前のヴュルム氷期には津軽海峡は陸続きにはならなかったものの、宗谷海峡は陸橋となってサハリンと北海道はアジア大陸の一部になっていた。石狩の沖40キロの海底には泥炭層があり、それは当時の海岸線がそこまで後退していたことが分る。その後約6千年前にピークを迎えた縄文海進では海が岩見沢付近まで達し、現在のような北海道の海岸線ができたのは3千年ほど前に過ぎない。

大地を覆う植物たちもその姿を大きく変化させてきた。縄文海進で海となったところは海の後退や川の働きで大きな湿原となり、1年に1ミリ程度の速度でしか形成されない泥炭層が数千年の時を経て所によって5~6メートルにも達している。ただし、明治以降、多くの湿原は開発され水田などの農地や市街地に姿を変えている。樹木も寒冷期には針葉樹、温暖期には広葉樹と変化を繰り返してきたが、現在黒松内町が北限であるブナは、約8500年前に青森県北部に達し、2500年かかって津軽海峡を越え、350年前にようやく黒松内低地帯に到達した。もっとスケールを大きくとると4千万年前にはシュロなどの亜熱帯植物が繁茂し、それらが石炭のもとになったのである。

先ごろ、有珠山などがわが国初のジオパークに認定されたが、実は北海道全体が大陸移動や火山活動、氷河の働き、湿原の形成などの「地球史」を眼で見ることのできる大きなジオパークと言えるのではないのだろうか。長い長い時の流れの中で、今の世を問い直し、自分の存在を見つめなおす、北海道はその舞台にふさわしい島なのだ。

本書は、次のような言葉で結ばれている。

「後氷期というもっとも恵まれた時代に、人間はこの北国にも文明の花を咲かせ得たのであった。しかし、近年の人間社会は、この恩恵を忘れ、踏みにじってはこなかったか。北海道という、厳しくもおおらかな面積800万ヘクタール余りのこの極東の島を、もう一度、見直してみる必要がある。」

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