推薦図書

<<一覧へ戻る

アイヌの歴史 海と宝のノマド

アイヌの歴史 海と宝のノマド図書名:アイヌの歴史 海と宝のノマド
著者:瀬川拓郎(旭川市博物館学芸員)
出版社:講談社選書メチエ
発行:2007年11月
定価:1600円+税


アイヌ民族には縄文人の遺伝子や精神文化が色濃く受け継がれた、という見方が埴原和郎の研究や梅原猛の言説などから浸透してきたが、著者は次のような言葉を投げかける。
「アイヌ社会はほんとうに「自然との共生」「平等」「平和」の社会だったのだろうか。かならずしもそうではなかった、と私にはおもわれる。生態系への圧力になっていたとみられる偏向した狩猟・漁撈・富の蓄積・侵略―。これらはいずれも縄文文化ではほとんど認められないものだが、その後の社会では程度の差こそあれ常態化していた。北の狩猟採集民アイヌは、縄文文化であゆみを止めてしまった人びと、つまり縄文人の生きた化石だったわけではない。」
本書は、主に考古学の成果をもとに、本州はもちろんサハリンやアムール川流域、カムチャツカ半島などを舞台にしたダイナミックなアイヌの歴史を明らかにしている。現在の国境にとらわれている私たちは、北海道という島で文明に取り残され自然とともに生きづいたアイヌ文化といった静的なイメージを抱きがちであるが、著者はこうした様々な思い込みを覆そうとする。
例えば、続縄文文化が農耕社会に移行しなかったのは寒冷地だからではなく、「過小生産構造」といわれるような「つつましく生産する社会」だったからではないか。また、縄文、続縄文はサケだけに依存する社会ではなくサケの遡上しない河川流域にも集落があったが、干し鮭が重要な交易品となった擦文文化やアイヌ文化期では石狩川、千歳川上流の湧き水のある産卵場付近に集落が形成された。大量のサケが採れやすいばかりでなく、油ののったサケでは保存に向かないため上流の産卵場が選ばれたのである。一方、道北の日本海沿岸につくられた擦文人の集落はサケの大量捕獲のためではなく、アイヌのイタオマチプのような舟でサハリンなどと交易を行うための拠点であった、と著者は考える。
こうした擦文からアイヌに至る社会の変化をもたらしたのは、本州の刀や漆器、中国製の錦といった「異文化の宝」であり、宝を持つことが首長の威信と名誉につながった。このことは裏返せば、擦文~アイヌ社会が階層社会であったということである。また、宝、あるいは宝を入手するための毛皮やワシ羽を求めてサハリンや千島列島に侵出し、戦いを繰り返した。擦文人がオホーツク人を同化しアイヌ文化へと展開していくプロセスをはじめ、北海道と周辺の海・大陸・島々を舞台とする歴史のダイナミズムは極めて興味深い。
アイヌの人々がサケの大量捕獲などで生態系に圧力をもたらしていたというのは事実だろうが、北海道の資源を大きく収奪したのは圧倒的に松前藩政以降である。現在でも私たちが自然豊かな北海道と言えるのは、森羅万象に神々を見て、自然に畏敬の念を抱き続けたアイヌ文化の賜物であることは確かであるし、その源流には自然の恵みに感謝し「つつましく生産」する縄文の精神があったのではないだろうか。

Trackback URL

コメントをどうぞ